今月のトピック 

浜岡での2つの抗議行動から(6月号機関紙より)

カシ・カリ(柏崎・刈羽原発)劇団の寸劇
カシ・カリ(柏崎・刈羽原発)劇団の寸劇

浜岡での2つの抗議行動から
 ~5・10浜岡集会~
 浜岡原発の地元御前崎市(旧浜岡町)で、

全国的な集会が開かれました。

東京からはバスで、

山口県から、新潟県から、福島県から、

六ケ所から、大間から・・・
 

【福島大学副学長の清水修二氏の講演】
「原発に頼らない地域の再生」

 

◆「NIMBY(not in my backyard)シンドローム考」という著書で紹介している「危険の分配」について、

東京(人口密集地)には立地しない法律があり、消費は都市、原発(基地、ごみ処分場しかり)は

地方都市という身勝手な論理がの説明。

 

◆原発で地域は発展するだろうか?一時的に活性しても、高齢化、農業の形骸化が進み、補助金、

固定資産税により、社会資本、住民所得も一時的に増大するが原発と地域が一蓮托生になり、

地域産業と関連性が持てない経済的自立を捨てた発展なき成長と。

 

◆原発立地のための電源三法は、地域振興は視野にない。受益者負担としての電源開発促進税

(電気料に上乗せされている)は、負担感がないが、電源開発のための目的税(違法)であり、

補助金の垂れ流し財源となっているのです。

 

◆原発の補助金、固定資産税に頼る市町村の財政(御前崎市は38%、宮城県女川町56%)は

国策は転換したとき、廃炉や、撤退を想定し、豊かさの問い直し、未来から現在を見ること、

を市民自身が選択すべきです。
 

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公判の報告をする海渡雄一弁護士
公判の報告をする海渡雄一弁護士

【海渡雄一弁護士による浜岡原発  差止め訴訟 

              5月8日の控訴審報告】
浜岡原発は震源域の真上に建てられているのに、耐震工事ができないほど老朽化している為、1・2号機の廃炉が決まっていますが、6号機の新築計画があります。

 

 会場で裁判長あてのチラシのコピーと、開廷前の高裁前でのビラまきの様子の写真が配られ、チラシのみだしには、「富越和厚裁判長殿 静岡地裁結審の後に発生した中越沖地震を無視してどうして判決できるのですか?石橋克彦・立石雅昭両証人を採用してください。」と大きく書かれています。そして、開かれた公判で裁判長は、証人の採用を言い渡したのです。この裁判でも市民運動の熱意と正当性が裁判官を動かしたのでしょうか。  

    

  

 

~5・18MOX燃料浜岡上陸~

MOX燃料輸送船PADIFIC HERONと警備艇
MOX燃料輸送船PADIFIC HERONと警備艇


 5月18日浜岡の地元御前崎港にプルサーマル実行のためのMOX燃料が到着しました。未明に接岸した輸送船から検査を終えたMOX燃料は、厳重警備のもと、夕方トレーラーで浜岡原発に運び込まれました。フランスから2ヶ月以上の旅のすえ御前崎港に到着した輸送船は、フランスの通信社AFPによればハイジャック対策のため武装が施されたほか、英警察部隊が乗り込んでいたとのことです。

 

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東京から横断幕持参で駆け付けたたんぽぽ舎の仲間と
東京から横断幕持参で駆け付けたたんぽぽ舎の仲間と

御前崎埠頭前に集まった市民グループは、クレーンでMOXが積み下ろされる模様をウオッチしながら、横断幕とのぼりを手に持ち「原発の危険を増大させるプルサーマル反対!」とアピールしました。 

 

テレビの中継車が3台と、新聞記者が多数集まり、全国ネットのテレビニュースで短時間でも、MOXの上陸だけでなく、市民の抗議がセットで報道されたのは、大きな効果でした。

 

 埠頭前での集会の後は、中電に面会し、プルサーマル実行の中止を申し入れましたが、中電側は、「対応はありません」が対応だったということです。 
 

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 この日、5・10集会で呼び掛けがあり静岡YWCAも名を連ねたプルサーマル実行に関する「質問・要望書」により関係省庁との交渉が経済産業省で行われ、資源エネルギー庁担当官より、使用済燃料の第2次処理工場の計画すら立っていなことが明らかにされました。

 

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 ただでさえ危険な浜岡原発で、危険なMOX燃料が保管され、さらに危険なプルサーマルを実行した後の使用済み燃料は行き場がなく、そのまま100年眠らせることもありえるとの事。再処理工場で得られるプルトニウム(MOX燃料に混ぜられている)は、プルサーマル(エネルギー再利用)に使うという名目で(又は使った後、行き場がない為)保管される。エネルギー再利用の仮面をつけた核兵器用高レベルのプルトニウムの備蓄以外でないことは、内藤新吾牧師の学習会で、説明されています。

 

環境問題と平和問題は切り離せません。